コーヒートラベラーNの手記3:『火と水と音楽と ― キニニ村で見つけた四つの元素〜ルワンダ・キニニ 2025年4月限定コーヒー

はじまりは「風のない音楽」

Nがルワンダの地を訪れたのは、乾いた風が高地を吹き抜ける午後だった。遠くにはブンガ山脈の尾根がうっすらと見え、足元の赤土には力強く根を張るコーヒーの木々が並んでいた。

「この国に、かつての面影はあるだろうか?」

かつてジェノサイドによって国が崩壊した1994年。その絶望からわずか30年足らずで、ルワンダはスペシャルティコーヒーの新興国として世界の注目を集めるようになっていた。政府と国際支援団体が手を携え、2000年代に入ってから急速に品質改善とインフラ整備が進み、今や北部・南部・西部の高地では、火山性の肥沃な土壌と標高1800mを超える冷涼な気候のもと、ブルボン系品種が美しく育まれている。

この日、Nが目指していたのはその北部にある小さな村――キニニ。そこには、「火・水・空気・音楽」のすべてを宿すコーヒーがあるという。


火:焼かれることで生まれる「深み」

キニニ村にたどり着いたNは、焙煎士に出会った。農園の隅に小さな焙煎室があり、中では豆が鉄製の焙煎釜の中でリズムよく跳ねていた。

「この焙煎で何を引き出すんですか?」とNが尋ねると、焙煎士はこう答えた。

焼きリンゴのような甘さと、大人のカカオのようなビタネス。深く焼かれてこそ現れる複雑な香り。それがこの豆の“火”です。」

豆の香ばしさが部屋中に漂い、Nは一粒を砕いて香りを嗅いだ。そこには確かに、焦がした甘みと、黒く美しい苦味の片鱗があった。火を入れることで、豆の中の時間が目を覚ます。それはまるで、焼かれることではじめて語り出す物語のようだった。


水:洗い流された記憶の層

キニニ村の中心には、小さな精製所があった。そこではフリーウォッシュドプロセスが行われていた。

チェリーが集荷されるとすぐに果肉除去機にかけられ、発酵槽に沈められる。数時間〜20時間、微生物の働きに任せてミューシレージを分解し、その後何度も清水で洗い流す。

「私たちの豆は、“洗い清める”ことでその本質を取り戻すのよ。」と、発酵槽の管理を担う年配の女性が語った。

Nはその静かな水の中に、ルワンダの歴史が重なって見えた。過去の悲劇、そしてそれを“洗い流し”、“残されたもの”に光を当てていくようなこのプロセスは、まるで国そのものの再生のようだった。

水で磨かれた味は、決して薄まらない。むしろ、輪郭が立つ。

それは、精製槽の中に沈んだ記憶が、味となって浮かび上がるようだった。


空気:風が通る乾燥台、静かに踊る豆

精製された豆は、その後アフリカンベッドと呼ばれる高床式の乾燥台へ運ばれ、天日で約15日間乾かされる。

Nはその乾燥台に立ち、吹き抜ける風を感じていた。豆の下にも空気が通り、昼間は太陽の光を受け、夜は冷たい空気でゆっくりと熱が抜かれていく。

農園の若者たちが手で豆をかき混ぜていく姿は、まるで無音のダンスのようだった。

空気が通らなければ、豆は呼吸できない。乾くだけじゃない、“生き返る”んです。」と、若いスタッフが笑う。

その言葉の通り、ここではただ豆を乾かすのではなく、豆の中の余熱や湿度、香りの層を調律するように扱われていた。まるで風そのものが、コーヒーの風味を編み上げているかのようだった。


音楽:一杯の中で踊り出す味わい

焙煎された豆がカップに落ちた瞬間、Nの鼻孔をふわりと包んだのは、ビタースイートな香りだった。

口に含むと、最初に走るのはビビッドで鮮やかな酸味。だが、それはすぐに旨みに変わる。次に訪れるのは焼きリンゴのような優しい甘さ。そして、100%カカオチョコレートのような濃厚なビター感がゆっくりと舌を包み込む。

「これは…音楽だ。」

Nは思わず声を漏らす。高音のシトラス、ミドルのリンゴ、低音のチョコレート。甘さがリズムを刻み、酸がメロディを作り、ビターがベースを支えている。

まるで、ラテンの音楽を踊るようなコーヒー。

鮮やかで、楽しくて、奥深い。

この国の再生は、まさにこの一杯のようだとNは思った。


西原珈琲店で、ルワンダから届いた四元素を味わってみませんか?

ルワンダの火、ルワンダの水、ルワンダの風、そしてルワンダの音楽。

すべてが溶け合った一杯のコーヒー。

それは、キニニ村で紡がれた復興と希望の味。

この物語を、あなたのカップで。
西原珈琲店にて、ぜひお楽しみください。


この物語について

本記事は「ルワンダ・キニニ村」のスペシャルティコーヒー(Mayaguez 139種、フリーウォッシュド精製)をもとに、実際の風味・歴史・生産背景から着想を得たフィクションです。コーヒーを通して、アフリカの土地と人と、未来を感じていただければ幸いです。

—-風味バランス—-

苦味 ★★☆

酸味 ★★★

コク ★★★

甘味 ★★★

焙煎 ★★☆  

フレーバー:焼きリンゴ、カカオ、メープル、ソーダ

農園データ

生産国ルワンダ
標高1,800〜2,250m
品種ブルボン
精選フリーウォッシュド、アフリカンベッドで100%天日乾燥

コーヒートラベラーNの手記②:『消えゆく幻と静かなる奇跡』〜ジンバブエ クレイク・バレイ 2025年3月限定コーヒー

消えた王国の記憶

Nはジンバブエの大地に降り立った。

かつてこの国は、東アフリカ随一のコーヒー生産国として名を馳せていた。19世紀末に持ち込まれたアラビカ種は、1960年代に産業としての基盤を確立し、1980年代には世界市場で高く評価された。しかし、2000年代の政治的混乱と土地改革により、多くの農園が消え去った。

しかし、今もなお「幻のコーヒー」として生き残る農園があるという。Nがその名を口にする。

クレイク・バレー農園。

ジンバブエの高地にあるこの農園は、奇跡的に荒廃を免れ、いまだに優れたコーヒーを育て続けているという。Nはその真相を確かめるため、赤土の道を歩き始めた。

谷の静寂

霧がかった山々が連なるブンハ山脈。クレイク・バレー農園は、この谷の奥深くにひっそりと存在していた。

Nは農園を見渡した。赤い土壌に根を張るコーヒーの木々、規則正しく並ぶシェードツリー、そして遠くに見えるダム湖の静かな水面。かつての混乱が嘘のように、この場所には穏やかな空気が漂っていた。

農園主が迎えてくれた。

「ようこそ。ここは静かだろう?」

Nは頷いた。

「この土地は嵐を乗り越えてきたのだな。」

農園主は遠くを見つめ、静かに語り始めた。

「国が荒れ、多くの農園が崩れ去った。でも、私たちはこの谷に踏みとどまった。土地を奪われた者もいたが、この農園は奇跡的に守られた。」

コーヒーの奇跡

Nは農園の奥へと案内された。シェードツリーの下でゆっくりと熟すコーヒーチェリー。農夫たちは静かに、しかし丁寧に赤く実ったチェリーを摘み取っていた。

「飲んでみるか?」

農園主が手渡したカップからは、香ばしい豆の香りが立ち昇った。

Nは一口含んだ。

夏の草原を吹き抜ける風のような爽やかさ。メロンのように弾ける感覚。ナッツのような香ばしさと、砕いたばかりの豆のような鮮烈な風味が舌の上で踊る。最後には、深みのあるコクが余韻として残った。

「これは…実にうまい。」

農園主は微笑んだ。

「この谷の気候がゆっくりとチェリーを熟させる。そして、私たちは時間をかけて精製し、天日乾燥で仕上げる。急ぐことは何もない。」

Nはカップを見つめながら、このコーヒーが持つ静かな奇跡を感じていた。

谷の朝

翌朝、Nは農園の丘へと登った。

霧が谷をゆっくりと包み込み、遠くのダム湖が白く霞んでいる。太陽が昇るにつれ、霧は次第に晴れ、赤土の大地が黄金色に輝き始めた。

農園の一角では、農夫たちが静かにチェリーを摘み取っていた。ゆっくりと、しかし確実に。かつて混乱と絶望に沈んだこの土地には、今、穏やかな営みが戻っている。

彼らの手の動き一つ一つが、この谷の未来を紡いでいるようだった。

Nはその光景を目に焼き付けながら、心の中でそっと呟いた。

「この土地の奇跡は、確かにここにある。」

Nの謎

焚き火の前で、農園主がNに尋ねた。

「なぜ君はコーヒーを追い続ける?」

Nは炎を見つめながら、しばし沈黙した。

「…俺は、消えていくものを記録するのが好きなんだ。」

「記録?」

「人々の記憶から消えたものは、なかったことにされる。でも、確かにここにあると証明できるなら、それは違う。」

農園主はじっとNを見つめた。その眼差しの奥には、ただの旅人ではない何かを感じ取った。

Nは少し微笑み、カップを傾けた。

この物語を味わう場所

ジンバブエのコーヒーは、長い眠りから目覚めようとしている。

それは決して過去の遺物ではない。クレイク・バレー農園のように、今も息づく人々の手で丁寧に育てられている。

「消えゆく幻は、まだここにある。」

Nはそう記し、旅を続けた。

あなたも、西原珈琲店でこの物語を味わってみませんか?


この物語について

本記事は「ジンバブエ・クレイク・バレー農園」のコーヒーの特徴や歴史から着想を得て創作されたフィクションです。コーヒーを楽しみながら、幻と奇跡の旅へ思いを馳せてください。

—-風味バランス—-

苦味 ★☆☆

酸味 ★★☆

コク ★★★

甘味 ★★☆

焙煎 ★★☆  

フレーバー:ナッツ、メロン

農園データ

生産国ジンバブエ
標高1200
品種カティモール、ブルボン、ティピカ、SL
精選ウォッシュド