コーヒートラベラーNの手記②:『消えゆく幻と静かなる奇跡』〜ジンバブエ クレイク・バレイ 2025年2月限定コーヒー

消えた王国の記憶

Nはジンバブエの大地に降り立った。

かつてこの国は、東アフリカ随一のコーヒー生産国として名を馳せていた。19世紀末に持ち込まれたアラビカ種は、1960年代に産業としての基盤を確立し、1980年代には世界市場で高く評価された。しかし、2000年代の政治的混乱と土地改革により、多くの農園が消え去った。

しかし、今もなお「幻のコーヒー」として生き残る農園があるという。Nがその名を口にする。

クレイク・バレー農園。

ジンバブエの高地にあるこの農園は、奇跡的に荒廃を免れ、いまだに優れたコーヒーを育て続けているという。Nはその真相を確かめるため、赤土の道を歩き始めた。

谷の静寂

霧がかった山々が連なるブンハ山脈。クレイク・バレー農園は、この谷の奥深くにひっそりと存在していた。

Nは農園を見渡した。赤い土壌に根を張るコーヒーの木々、規則正しく並ぶシェードツリー、そして遠くに見えるダム湖の静かな水面。かつての混乱が嘘のように、この場所には穏やかな空気が漂っていた。

農園主が迎えてくれた。

「ようこそ。ここは静かだろう?」

Nは頷いた。

「この土地は嵐を乗り越えてきたのだな。」

農園主は遠くを見つめ、静かに語り始めた。

「国が荒れ、多くの農園が崩れ去った。でも、私たちはこの谷に踏みとどまった。土地を奪われた者もいたが、この農園は奇跡的に守られた。」

コーヒーの奇跡

Nは農園の奥へと案内された。シェードツリーの下でゆっくりと熟すコーヒーチェリー。農夫たちは静かに、しかし丁寧に赤く実ったチェリーを摘み取っていた。

「飲んでみるか?」

農園主が手渡したカップからは、香ばしい豆の香りが立ち昇った。

Nは一口含んだ。

夏の草原を吹き抜ける風のような爽やかさ。メロンのように弾ける感覚。ナッツのような香ばしさと、砕いたばかりの豆のような鮮烈な風味が舌の上で踊る。最後には、深みのあるコクが余韻として残った。

「これは…実にうまい。」

農園主は微笑んだ。

「この谷の気候がゆっくりとチェリーを熟させる。そして、私たちは時間をかけて精製し、天日乾燥で仕上げる。急ぐことは何もない。」

Nはカップを見つめながら、このコーヒーが持つ静かな奇跡を感じていた。

谷の朝

翌朝、Nは農園の丘へと登った。

霧が谷をゆっくりと包み込み、遠くのダム湖が白く霞んでいる。太陽が昇るにつれ、霧は次第に晴れ、赤土の大地が黄金色に輝き始めた。

農園の一角では、農夫たちが静かにチェリーを摘み取っていた。ゆっくりと、しかし確実に。かつて混乱と絶望に沈んだこの土地には、今、穏やかな営みが戻っている。

彼らの手の動き一つ一つが、この谷の未来を紡いでいるようだった。

Nはその光景を目に焼き付けながら、心の中でそっと呟いた。

「この土地の奇跡は、確かにここにある。」

Nの謎

焚き火の前で、農園主がNに尋ねた。

「なぜ君はコーヒーを追い続ける?」

Nは炎を見つめながら、しばし沈黙した。

「…俺は、消えていくものを記録するのが好きなんだ。」

「記録?」

「人々の記憶から消えたものは、なかったことにされる。でも、確かにここにあると証明できるなら、それは違う。」

農園主はじっとNを見つめた。その眼差しの奥には、ただの旅人ではない何かを感じ取った。

Nは少し微笑み、カップを傾けた。

この物語を味わう場所

ジンバブエのコーヒーは、長い眠りから目覚めようとしている。

それは決して過去の遺物ではない。クレイク・バレー農園のように、今も息づく人々の手で丁寧に育てられている。

「消えゆく幻は、まだここにある。」

Nはそう記し、旅を続けた。

あなたも、西原珈琲店でこの物語を味わってみませんか?


この物語について

本記事は「ジンバブエ・クレイク・バレー農園」のコーヒーの特徴や歴史から着想を得て創作されたフィクションです。コーヒーを楽しみながら、幻と奇跡の旅へ思いを馳せてください。

—-風味バランス—-

苦味 ★☆☆

酸味 ★★☆

コク ★★★

甘味 ★★☆

焙煎 ★★☆  

フレーバー:ナッツ、メロン

農園データ

生産国ジンバブエ
標高1200
品種カティモール、ブルボン、ティピカ、SL
精選ウォッシュド