旅人N、熱帯雨林の奥地、コスタリカ革命の原点へ
Nがサンホセの空港を出た瞬間、湿った熱気が肌を包んだ。それは、熱帯森林の深く、土と生命が混ざり合った匂いだ。車は南東へ、チリポ山塊を目指して進む。窓を開けると、時折、スコールのような雨粒が車内に飛び込み、瞬時に蒸発する。

道沿いには、色鮮やかな壁の家々や、コーヒーの緑の海が広がる。他の国とは違う。ここコスタリカでは、コーヒーは富を集中させる手段ではないのだ。それは、小規模な自作農の独立と、この国の民主主義の基盤を築いた、誇り高き自由の結晶だ。
Nの胸に、その歴史は深く響く。街を離れ、車が山道を登るにつれ、景色は一変する。眼下には雲海が広がり、まるで空に浮かぶ島を登っているようだ。チリポ山塊の高地は、澄んだ冷たい空気で満たされていた。
Nが探すのは過去の栄光ではない。この高地に新しい覚悟を持った者たちがいる。伝統の地を離れ、風味の常識を覆そうとしている開拓者たちだ。Nは、その最前線、ロス・モンへ農園を目指し、旅のギアを入れ直した。
歴史の胎動:小規模農家の品質への挑戦

Nはチリポへ向かう道すがら、コスタリカコーヒーが辿った軌跡を思っていた。小規模農家による自主的な栽培は、この国の品質への基盤となった。しかし、近年、厳しい環境規制と高水準の人件費という「試練」が、農家にのしかかっている。
「単に高品質なだけでは生き残れない。革新が必要だ」―Nは、コスタリカコーヒー農家の声を聞いたことがある。
革新とは、精製施設への投資であり、新しい品種への挑戦であり、そして「リスクを恐れない選択」だ。伝統的な道を離れ、新しい価値観を生み出す者こそが、この国のコーヒーの未来を握っている。Nは、このダイナミズムこそが、コスタリカのコーヒーに他国にはない「優雅さ」と「美しさ」を与えているのだと感じた。
甘みの革命:モンへ・ファミリーの挑戦
Nは、標高1,750メートルを超える高地に、ロス・モンへ農園を見つけた。その農園は、火山性土壌の赤土に囲まれ、まるで静かに息を潜めているようだ。
ここで働くのは、農園主ヘラルド氏と彼の家族、モンへ・ファミリーだけだ。彼らは外部の労働者を雇わず、すべてを自分たちの手で完結させている。
Nは農園主ヘラルド氏に尋ねた。
「なぜ、この家族経営にこだわっているのですか? 収穫は大変でしょう。」
ヘラルド氏は、誇らしげに笑顔を返した。
「私たちは、コーヒーの品質に『自分たちの責任』を持ちたいのです。外部の人に任せるのではなく、家族の目で一粒一粒の熟度を見極める。特に、このナチュラル精製(非水洗式)では、それが命です。」
モンへ・ファミリーが選んだのは、コスタリカの伝統に真っ向から挑む製法だった。水を使わず果肉を付けたまま乾燥させるナチュラル精製は、風味の複雑性を最大化する反面、ピッキングにわずかなミスがあるだけで、品質が崩壊するリスクを伴う。
Nは頷き、続けた。
「つまり、このやり方は、コスト削減ではなく、品質を保証するための覚悟なのですね。」
「その通りです。そして、チリポの高標高がもたらす冷涼な気候が、私たちの味を決定づけるのです。ゆっくりと時間をかけて乾燥させることで、従来のナチュラルが持つ果実味を超え、ベリーとハニーが溶け合い、クリーンで優雅な甘さを放つ、別次元の味わいになるのです。」
Nは直感した。これは、単なる流行ではない、甘みの革命だ。モンへ・ファミリーは、自分たちの手でコスタリカコーヒーの新しいフロンティアを切り開いていた。

革新の裏付け:科学と献身が支えるクリーンな発酵
モンへ・ファミリーの革新は、熱意だけでは終わらない。彼らは、マレスピ農協の専門家と連携し、土壌分析に基づいた科学的な施肥を実行していた。この精密農業が、収穫前のコーヒーチェリーに極限まで糖分とコクを蓄えさせる。
Nは、コスタリカ、マレスピ農協の農学担当者と交わした言葉を思い出す。
「土壌のデータに基づいて、木の栄養バランスを最適化します。そうすることで、高標高のポテンシャルを最大限に引き出し、チェリー本来の甘さを加工の前に保証できるのです。」
さらに、家族経営の最大の強みである献身的なピッキング(収穫)が、品質の均一性を保証する。ナチュラル精製のリスクである、過剰な発酵によるネガティブな臭いを徹底的に排除するのだ。
その結果が、Nが味わった風味だった。
「香り高く、甘い赤ワインの香りが余韻に。酸味はまるでアルコールのように優雅だが、舌に刺さらない。バランスも良く、飲みやすい」
それは、ただの天然の発酵ではない。科学的な管理と家族の熱意が、ワイニーなニュアンスという個性を持ちながら、クリーンで優雅という両立を達成した、コスタリカの革新の結晶だった。Nは、このロットの焙煎度は少し浅い方が、この優雅な風味を最大限に活かせるだろう、とひとりごちた。

覚悟の道のり:旅人N、未来のフロンティアへ身を投ずる
カッピングルームを後にしたNは、深い静寂の中にいた。モンへ・ファミリーがチリポという新しい土地で成し遂げたことは、コスタリカの歴史が育んできた小規模農家の独立の精神が、現代において見事に花開いた証だった。彼らの挑戦は、リスクを恐れず、自らの手で未来を掴む、まさしく「覚悟の物語」だ。
Nは、自らの旅の意味を再認識した。自分がこの極上のハニーとベリーの風味を味わい、「ゆったりと心地よい」時間を過ごせるのは、彼らの熱い革新と献身があるからだ。
旅人Nは、この家族の物語と、コスタリカのダイナミックな歴史の流れを、決して一時の流行で終わらせてはいけないと強く感じた。
「この宝を、世界に届ける。彼らの覚悟に、私の旅を捧げよう。」
Nは、自らの旅の終着点ではなく、新しいフロンティアへの出発点を見出したのだった。
この物語を、あなたのカップで。
西原珈琲店にて、コスタリカ・チリポエリア「ロス・モンへ農園」のナチュラルロットをぜひお楽しみください。ワイニーなニュアンスを持ちながら、クリーンで優雅なこの一杯に、家族の熱意とコスタリカの革新の歴史を感じていただければ幸いです。
商品データと風味
| 項目 | 詳細 |
| 生産国 | コスタリカ |
| エリア | チリポ(Chirripó) |
| 標高 | 1,750〜1,800m |
| 品種 | カツアイ |
| 精選 | ナチュラル(非水洗式) |
風味バランス
| 苦味 | 酸味 | コク | 甘味 | 焙煎 |
| ★☆☆ | ★★☆ | ★★★ | ★★★ | ★☆☆ |
フレーバーノート: 赤ワイン、ハチミツ、ベリー、優雅な酸味

