ナイロビの熱狂とケニア山の隠れた至宝を追う旅〜ケニア ギチャタイニ 2025年10月限定コーヒー (コーヒートラベラーNの手記9)

熱狂のバザール:過去と現在の交差点

毎週火曜日、ナイロビ・コーヒー・エクスチェンジ(NCE)の会場は、世界中のバイヤーが集まる国際的な「コーヒー・バザール」と化す。空気は生豆の土っぽい香りと、一攫千金を狙う興奮の熱気で重い。

ダブルエー(AA)グレードのロットが厳しく審査され、叫び声が飛び交う。「このニエリの豆、クリア酸味が抜群だ!」「SL28のベリーノート、最高値だ!」国際的なバイヤーたちがカタログを睨み、価格の宝を狙う。

Nは、この賑わいに懐かしさと新鮮さを同時に感じる。かつて早朝から深夜まで体を酷使し、独立の道を、人と出会い、自分の足で切り開いてきた過去があるからだ。Nにとって、コーヒーの世界もまた、その闘いと冒険の続きだった。

Nはポケットから古びた地図を取り出す。植民地時代のメモが残るその紙片が、ニエリのギチャタイニ・ファクトリーへ導く鍵だ。Nはバザールの喧騒を後にし、失われた宝を探すような、胸躍るロードへ—ケニア山の麓を目指す。

歴史の宝箱:オークションの光と影

会場を歩きながら、Nはバザールのリズムに耳を澄ませた。1930年代に始まったオークションは、ケニアコーヒーの心臓部だ。

1890年代に英国がアラビカ種を持ち込み、独立後の1963年にアフリカ人農家に土地が分配され、協同組合が花開くまでの歴史が、この活気に詰まっている。

Nは一人の老バイヤーに尋ねた。「このバザール、どんな秘密があるんですか?」
老バイヤーは目を細めた。「公開入札の興奮さ。品質で価格が決まる—SL28のベリー酸味は高値をつける。だが、問題は中間マージンの迷路だ。農家への支払いが数ヶ月遅れることもある。」

Nは、地図の端のメモを思い浮かべた。1960年代のコーヒーベリー病(CBD)の危機。嵐のような大流行でSL品種が苦しんだが、研究者たちはルイル11やバティアンのような耐病性品種を生み出し、風味という宝箱を守った。

バザールは、公正な価格発見というケニアの誇り。だが、遅延のささやきは、新たな道—真の隠れ家—をNに囁く。Nは車をニエリの山道へと走らせた。

谷の隠れ家:ダイレクトトレードの希望

ケニア山国立公園の影が迫るニエリの谷へ。標高1,600メートル、火山性土壌の赤い大地が広がる。

ギチャタイニ・ファクトリーで、ギカンダ生産者組合のメンバーがNを迎える。900人以上の小規模農家が集うこの協同組合は、フェアトレードの旗を掲げ、倫理基準(18歳未満の雇用禁止、ハラスメントの禁止など)を徹底し、未来を耕す。

「ようこそ、宝の谷へ。」若い農家の代表、ジョセフが笑顔で言う。「ここはダイレクトトレード(DT)の隠れ家だよ。バイヤーと直接話せるから、プレミアム価格が農家に直撃する。トレーサビリティも完璧さ。」

Nは頷き、土を踏んだ。火山灰のミネラルが豆にクリアな酸味を、昼夜の寒暖差がベリーの輝きを宿す。組合は学校や医療を支え、気候変動にも立ち向かう。

Nの心は揺れた。きつい仕事から独立し、旅人として道を切り開いた昔の自分と、バイヤーと直接繋がり、未来を掴む農家たちの姿が重なった。バザールの迷路から脱出し、ここで始まる新たな宝探し—品質向上の喜びと、農家の絆こそがコーヒーの本当の価値だ。

品種の宝と精製の冒険:風味の錬金術

ジョセフが農園を案内する。「SL28とSL34—ケニアの伝統宝だ。ブラックカレントのような鮮やかな酸味、トロピカルな深みよ。病気の危機を乗り越え、ルイル11とバティアンが救った—病気に強く、シトラス酸味を保ちながら収量を安定させる新宝さ。」

Nはワクワクした。「これで風味を守るの?」

「そうさ、ダブルウォッシュドの冒険でね。」ジョセフはファクトリーへNを連れていく。

完熟チェリーを手摘みし、果肉を剥がす。12〜24時間の発酵でミューシレージを分解し、水路で密度選別。さらにソーキング(水に浸漬)でクリーンに磨き、最後にアフリカンベッドで7〜10日乾燥させる。

Nは豆をかき混ぜるのを手伝い、土の香りと水の音に包まれた。この工程が、雑味ゼロのクリアな酸味を生むのだ。オークションの匿名ロットから、ダイレクトトレードによるトレース可能な宝へ

—品質の秘密が、この谷で明かされる。

Nは、きつい試練を乗り越え、道を見つけたジョセフたちの情熱に胸が熱くなった。このダイレクトトレードの絆こそが、Nの旅の灯火のように輝いていた。

カップに宿る、谷の勝利

カッピングルームの柔らかな光の中、Nは一杯を口に運んだ。
心地よい酸味の余韻が残り、コクもしっかりと。木の葉と土の香りが長く続く。それは、バザールの喧騒から谷の静かな勝利へ導く、宝のような味わいだった。

カップ・オブ・エクセレンス2023年で8位(92.5点)を獲得した輝きが、この一杯の力を証明している。Nはカップを置き、微笑んだ。

オークションの賑わい、農家の絆、ケニア山の恵み—すべてがこの一杯に繋がる。旅人Nは、この宝を世界に届けることを誓う。

この物語を、あなたのカップで。

西原珈琲店にて、ケニア・ニエリ県ギチャタイニの「ギチャタイニ・ウォッシュド」をぜひお楽しみください。コーヒーの味わいとともに、その土地の記憶と人々の営みを感じていただければ幸いです。
※本記事は、歴史と特徴を基に創作されたフィクションです。
商品データと風味

項目詳細
生産国ケニア
エリアニエリ県 ギチャタイニ
標高1,600〜1,900m
品種ルイル11、SL28、SL34、バティアン
精選ウォッシュド(ダブルウォッシュド)

—-風味バランス—-

苦味 ★★

酸味 ★★☆

コク ★★★

甘味 ★★☆

焙煎 ★★☆

フレーバー:木の葉、土