トラジャの深煎りと、角の家のこと ― セレベスのG1を味わう〜インドネシア セレベス アラビカG1 2025年6月限定コーヒー (コーヒートラベラーNの手記5)

山の町と、柱に並ぶ角

標高1600メートル。セレベス島、トラジャ高地の静かな町に、Nは足を踏み入れた。

空気は澄んでいて、山の影がゆっくりと動いている。ふと見上げた家の柱に、水牛の角が何本も重ねられていた。

「この角はね、葬儀で捧げた水牛の数。つまり、その家の誇りの数です」

近くにいた青年が、少しだけ誇らしげに語った。

派手な飾りではない。ただ静かに、重ねられた角が、ここに生きる人々の時間と誇りを物語っていた。

Nは、言葉ではなく形で残された想いに、深く惹かれた。

湿った島で仕上げられる豆

山あいの農園では、赤く熟したチェリーがかごに集められ、手作業で一つずつ確認されていた。

「この土地は湿気が多いから、時間との勝負です」

農園主が、チェリーを果肉除去機(パルパー)に流し込みながら話す。

果肉が外れた豆は発酵槽で一晩眠り、翌朝、丁寧に水で洗い流される。

そして、まだ水分を多く含んだ状態の豆が、脱穀機へとかけられる。

この地特有の「スマトラ式精製」。湿度の高い気候に適応した、合理的でありながら繊細な工程。

インドネシアは、世界でも有数のコーヒー大国。国全体ではロブスタ種の生産が中心だが、高地ではアラビカ種が静かに育てられている。

それぞれの島が個性を持ち、スマトラ島ではマンデリン、ジャワ島ではティピカ、バリ島やフローレス島、そしてここスラウェシ島では“セレベス・アラビカ”として知られる味が育まれている。

この地のアラビカG1は、湿潤な空気と高地の冷涼な風をまといながら、静かに精製されていく。

手の中の品質

小さな集買所では、麻袋からこぼれた豆が選別台に並べられていた。

「G1は、300グラム中の欠点豆が11粒以下なんです」

スタッフが語る声は落ち着いていたが、その目は真剣だった。

Nは一粒ずつ確かめられていく豆を眺める。誰かの手が、誰かの目が、そのすべてを通って仕上がっていく。

「この豆には、飾りはないけれど、確かに人の想いが積み重なっている」

赤土の丘、昼夜の寒暖差、そして小さな農家のていねいな作業。

味の背後にある風景が、ゆっくりと浮かび上がってくるようだった。

味わう:芯に残る香ばしさ

焙煎されたアラビカG1をミルにかけた瞬間、深く香ばしい香りが立ちのぼる。

豆を挽いたときの匂いには、どこか薪をくべた火のようなあたたかさがある。

ゆっくりと淹れた一杯を口に含む。

まず届くのは、しっかりとした苦味。だがすぐに、丸みを帯びたコクとやわらかな甘みが舌に残る。

深煎りならではの香ばしさが、静かに広がっていく。

「この味は、湿気の中で育ち、人の手で磨かれてきた記憶のようなものだ」

芯の部分にしか残らない何かが、確かにある。

結び:香りで語る、飾らぬ誇り

山の家の柱に並ぶ水牛の角。

豆を選ぶ人の手。雨上がりの斜面に広がる畑。

派手な言葉ではなく、静かな積み重ねが、この味を作っていた。

「形は残らなくても、香りは語る」

Nは、カップの底を見つめながら、小さく息をついた。

焚き火のように、ゆらゆらと漂うその香りのなかに、土地の記憶が溶け込んでいた。

※本記事は、インドネシア・セレベス島のトラジャ&エンレカン地域で生産される「セレベス・アラビカ G1」と、そのスマトラ式精製プロセスを基に創作されたフィクションです。

コーヒーの味わいとともに、その土地の記憶と人々の営みを感じていただければ幸いです。

この物語を、あなたのカップで。
西原珈琲店にて、ぜひお楽しみください。


—-風味バランス—-

苦味 ★★★

酸味 ★☆☆

コク ★★☆

甘味 ★☆☆

焙煎 ★★★  

フレーバー:ほうじ茶、黒糖、シガー

農園データ

生産国インドネシア
標高約1,500m
品種アラビカ G1
精選スマトラ式(スマトラプロセス/セミウォッシュド)