消えた王国の記憶
Nはジンバブエの大地に降り立った。
かつてこの国は、東アフリカ随一のコーヒー生産国として名を馳せていた。19世紀末に持ち込まれたアラビカ種は、1960年代に産業としての基盤を確立し、1980年代には世界市場で高く評価された。しかし、2000年代の政治的混乱と土地改革により、多くの農園が消え去った。
しかし、今もなお「幻のコーヒー」として生き残る農園があるという。Nがその名を口にする。
クレイク・バレー農園。
ジンバブエの高地にあるこの農園は、奇跡的に荒廃を免れ、いまだに優れたコーヒーを育て続けているという。Nはその真相を確かめるため、赤土の道を歩き始めた。
谷の静寂
霧がかった山々が連なるブンハ山脈。クレイク・バレー農園は、この谷の奥深くにひっそりと存在していた。
Nは農園を見渡した。赤い土壌に根を張るコーヒーの木々、規則正しく並ぶシェードツリー、そして遠くに見えるダム湖の静かな水面。かつての混乱が嘘のように、この場所には穏やかな空気が漂っていた。
農園主が迎えてくれた。
「ようこそ。ここは静かだろう?」
Nは頷いた。
「この土地は嵐を乗り越えてきたのだな。」
農園主は遠くを見つめ、静かに語り始めた。
「国が荒れ、多くの農園が崩れ去った。でも、私たちはこの谷に踏みとどまった。土地を奪われた者もいたが、この農園は奇跡的に守られた。」

コーヒーの奇跡
Nは農園の奥へと案内された。シェードツリーの下でゆっくりと熟すコーヒーチェリー。農夫たちは静かに、しかし丁寧に赤く実ったチェリーを摘み取っていた。
「飲んでみるか?」
農園主が手渡したカップからは、香ばしい豆の香りが立ち昇った。
Nは一口含んだ。
夏の草原を吹き抜ける風のような爽やかさ。メロンのように弾ける感覚。ナッツのような香ばしさと、砕いたばかりの豆のような鮮烈な風味が舌の上で踊る。最後には、深みのあるコクが余韻として残った。
「これは…実にうまい。」
農園主は微笑んだ。
「この谷の気候がゆっくりとチェリーを熟させる。そして、私たちは時間をかけて精製し、天日乾燥で仕上げる。急ぐことは何もない。」
Nはカップを見つめながら、このコーヒーが持つ静かな奇跡を感じていた。

谷の朝
翌朝、Nは農園の丘へと登った。
霧が谷をゆっくりと包み込み、遠くのダム湖が白く霞んでいる。太陽が昇るにつれ、霧は次第に晴れ、赤土の大地が黄金色に輝き始めた。
農園の一角では、農夫たちが静かにチェリーを摘み取っていた。ゆっくりと、しかし確実に。かつて混乱と絶望に沈んだこの土地には、今、穏やかな営みが戻っている。
彼らの手の動き一つ一つが、この谷の未来を紡いでいるようだった。
Nはその光景を目に焼き付けながら、心の中でそっと呟いた。
「この土地の奇跡は、確かにここにある。」
Nの謎
焚き火の前で、農園主がNに尋ねた。
「なぜ君はコーヒーを追い続ける?」
Nは炎を見つめながら、しばし沈黙した。
「…俺は、消えていくものを記録するのが好きなんだ。」
「記録?」
「人々の記憶から消えたものは、なかったことにされる。でも、確かにここにあると証明できるなら、それは違う。」
農園主はじっとNを見つめた。その眼差しの奥には、ただの旅人ではない何かを感じ取った。
Nは少し微笑み、カップを傾けた。
この物語を味わう場所
ジンバブエのコーヒーは、長い眠りから目覚めようとしている。
それは決して過去の遺物ではない。クレイク・バレー農園のように、今も息づく人々の手で丁寧に育てられている。
「消えゆく幻は、まだここにある。」
Nはそう記し、旅を続けた。
あなたも、西原珈琲店でこの物語を味わってみませんか?
この物語について
本記事は「ジンバブエ・クレイク・バレー農園」のコーヒーの特徴や歴史から着想を得て創作されたフィクションです。コーヒーを楽しみながら、幻と奇跡の旅へ思いを馳せてください。
—-風味バランス—-
苦味 ★☆☆
酸味 ★★☆
コク ★★★
甘味 ★★☆
焙煎 ★★☆
フレーバー:ナッツ、メロン
農園データ
生産国 | ジンバブエ |
標高 | 1200 |
品種 | カティモール、ブルボン、ティピカ、SL |
精選 | ウォッシュド |